智慧乏しき愚かな人々は放逸(ホウイツ)にふける。しかし心ある人は、最上の財宝(タカラ)をまもるように、つとめはげむのをまもる。
愚かで無知な者は放逸にふけるが、賢者は自らの不放逸を最高の宝として守り抜く。
詳細解説
仏陀は説かれた。たとえ私たちが自分の内にその「島」が本来備わっていることを知っていても、真にそこへ立ち返り、身を安んじ、人生の拠り所としようとしなければ、それは有っても無いのと同じである。だからこそ、この法句において仏陀は、私たちが愚かで鈍く、なお放逸の中に沈み続け、まだ目覚めようとしないことを叱責され、同時に哀れまれたのである。苦しみと安らぎの違いは、智慧ある人と愚かな人との違いにほかならない。仏陀は、智慧をもって生きる人の姿を、きわめて具体的な譬えによって示された。智慧ある人とは、常に細やかに注意深く自分の心を守る人である。このように巧みに守り、よく防ぐことによって、妄想や迷いの思いは生じる機会を得にくくなる。それはまるで、財産を持つ人が、泥棒に家へ忍び込まれて大切な宝物をすべて盗まれないよう、用心深く財産を守るのと同じである。私たち一人ひとりは、本来すでに豊かな宝を備えている。しかし、守り方を知らないために、しばしば泥棒に家へ入り込まれ、すべてを奪われてしまう。ひとたび私たちが巧みに守ることを知れば、どのような泥棒もそれを奪うことはできないのである。
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