他人の過失を探し求め、つねに怒りたける人は、煩悩の汚れが増大する。かれは煩悩の汚れの消滅から遠く隔っている。
他人の過失を求め、常に批判ばかりしている者には、煩悩(汚れ)が増大する。そのような者は、煩悩の滅尽から遠ざかるばかりである。

詳細解説

ブッダは祇園精舎にて、他人の欠点を詮索する悪癖を持つウッジャーナサンニーという僧侶に関する出来事からこの法句を説かれました。ブッダは、他者の過失を指摘することに執着する者は、自らの心の汚れを増幅させているに過ぎないと戒められました。批判的な態度はマインドフルネス(正念)や自己省察の修業とは対極にあります。ブッダは、この習慣は怒りや憤りといった煩悩を生み出し、心の平穏を乱すだけでなく、覚りへの道を閉ざす障害になると説かれました。真の修業とは、鏡を見るように自己の心の動きを観照し、「戒・定・慧」を実践することです。この法句は、修行者が他者を裁くことではなく、自分自身の内面を浄化することこそが解脱への道であることを示す、極めて重要な教えです。

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