ことばで説き得ないもの(ニルヴァーナ)に達しようとする志を起し、意(オモイ)はみたされ、諸の愛欲に心の礙げられることのない人は、(流れを上る者)とよばれる。
言葉を超えた真理を求め、揺るぎない知性に満ち、感覚的欲求に束縛されない修行者、そのような人は「上流に趣く者」と呼ばれる。
詳細解説
この偈は、阿那含果(不還果)に達していたある長老の修行者に関するエピソードに基づいています。弟子たちに悟りの境地を問われた際、彼は謙虚さから沈黙を守りました。後に彼が亡くなり浄居天に生じた際、悲しむ弟子たちに対して釈尊は、彼が既に第三段階の悟りに達しており、五欲を離脱した者であると説かれました。ここでの「言葉を離れた法」とは、言語や概念を超越した涅槃の境地を指します。真の修行者は、自らの悟りを誇示したり、執着したりすることはありません。執着がある限り、それは真の悟りではないからです。「上流に趣く者」とは、感官の欲求に惑わされることなく、最終的な解脱に向けて着実に歩みを進めている修行者を称える言葉です。
🌿
禅AIアシスタント
オンライン