詳細解説
この法句は祇園精舎で説かれたもので、阿難尊者が質問したことに関連しています。ある日、阿難尊者はこう思いました。世尊は七仏の父母、寿命、成道の場所などについては明確に教えられたが、布薩の日における七仏の教化の方法については明確に説かれていない。その方法は今日と同じなのか、それとも異なるのか?考え終えると、阿難尊者はすぐに仏陀に尋ねました。仏陀は答えて言われました。諸仏は布薩の時間は異なるけれども、教戒の言葉は同じである。まず仏陀は迦葉仏が衆生に教えた次の偈を挙げられた。「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」。この偈は四句で短いが、仏陀の教えの全体系を包含している。どの仏陀が世に出ようとも、すべてこのように教えるので、「諸仏の教え」と言われる。もしこの偈に依って修行すれば、現世で安楽と解脱を得ることは間違いない。悪を離れて善を行い、常に心を清らかに保つことが重要である。日々私たちが苦しむのは、心が常に乱れ動き不安だからである。意識という猿は常に跳ね回り、少しもじっとしていない。これを静めるために、仏陀は様々な対治法を説かれた。坐禅、念仏、読経、持呪など、すべてはこの意識の猿を調伏するという共通の目的を持っている。これが静まれば、その時心は安定的になる。そのためには、修行者は常に自分自身をよく見つめなければならない。注意深く自分を見つめてこそ、心の動きの強弱が分かる。もし懈怠して密に修行しなければ、安定を得るのは難しい。なぜなら心は常に塵境に攀縁しているからである。もっとはっきり言えば、心は六塵を追いかけ、五欲に耽ることを好む。それらは心が常に求め享受することに夢中になる好餌である。だからこそ、この偈の第三句で仏陀は、心を清らかにするよう努力して転化するよう教えられたのである。清らかになってこそ、修行は安楽と解脱の結果を得ることができるのである。
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