水道をつくる人は水をみちびき、矢をつくる人は矢を矯め、大工は木材を矯め、慎しみ深い人々は自己をととのえる。
治水する者は水を導き、矢を作る者は矢を真っ直ぐにし、大工は木を形作り、善人は自らの心を調伏する。

詳細解説

釈尊は祇園精舎にて、7歳の沙弥(見習い僧)スカについてこの詩を説かれました。師であるサーリプッタ(舎利弗)尊者の指導のもと、スカは瞑想を学びました。農夫が水を導き、矢職人が矢を真っ直ぐにし、大工が木を形作るのを見て、スカは自分も同じように自らの心を鍛え、形作らなければならないと悟り、間もなく阿羅漢果を得ました。この物語は、智慧ある真の師を持つことの重要性を示しています。現代において、人々はしばしば有名で地位の高い師を求めがちですが、真の修行者(托鉢僧)は世俗的な地位を求めません。宗教生活において名声や地位を追い求めることは、しばしば精神的な破滅をもたらします。内面の修養に専念する、真摯で謙虚な師に出会えることは稀な恩恵であり、解脱への道を大いに助けてくれるのです。

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