愚かな者は、悪いことを行っても、その報いの現われないあいだは、それを蜜のように思いなす。しかしその罪の報いの現れたときには、苦悩を受ける。
悪業がまだ成熟していないうちは、愚者はそれを蜜のように甘いと思う。しかし、悪業が成熟したとき、愚者は必ず激しい苦しみを味わうことになる。

詳細解説

悪業の報いがまだ現れていないとき、愚者は因果の法則など存在しない、あるいは間違っていると誤解しがちです。しかし、業の報いは過去・現在・未来の三世にわたって作用します。行為の報いがすぐに現れることもあれば、成熟するまでに時間がかかることもあります。悪人が一時的に法の目を盗んで逃げおおせ、己の行為を「蜜のように甘い」と感じたとしても、それはただ果報がまだ熟していないだけに過ぎません。因果の法則は決して狂うことなく、影が形に従うように私たちに付きまといます。条件(因縁)が整ったとき、熟した悪業の果実は必ず降りかかり、激しい苦しみをもたらします。この道理を理解し、私たちは日々の修行を怠らず、善因を植え続けるべきです。

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