もしも或る行為をしたのちに、それを後悔しないで、嬉しく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善い。
善なる行為をなした者は、それを行った後に少しの後悔もなく、歓喜し喜ぶ。将来その善業の良い報いを受けることを知るからである。
詳細解説
前詩とは逆に, この教えは善業(ぜんごう)を積むことがいかに心に喜びをもたらすかを強調しています。仏教において「善」とは、現在および未来において、自他共に利益をもたらす行為を指します。表面上は厳しく見える行為(例えば、教師が私心を捨てて生徒の将来のために厳しく指導することなど)であっても、その根底に慈悲があり、長期的に見てその人を善い方向へ導くものであれば、それは本質的に善なる行為です。逆に、その場の平穏のために悪い行為を黙認することは、結果として相手を破滅に導く不善となり得ます。行為の価値は、動機の清らかさと長期的な利益によって決まります。日々善行に励むことで、心は常に後悔から解放され、安らぎと喜びに満たされるのです。
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