徳行を完成し、つとめはげんで生活し、正しい知慧によって解脱した人々には、悪魔も近づくよし無し。
悪魔は、真に徳があり、放逸にならず、完全な智慧によって解脱した者の道を見出すことはできない。
詳細解説
この法句は、以前の「放逸」の章で述べられた内容を繰り返している。放逸な生活を送る者は徳を持たず、戒律を成就したい者は正しい智慧の中に安住すべきである。正しい智慧とは真実の智慧であり、邪智と区別される。外道の修行者も智慧を持つが、それは生死の苦悩を解決するためのものではない。彼らは過去や未来の事を知ることはできるが、無明や煩悩を完全には断じていないため、三界に再び生まれる。真の智慧によって万法の虚幻を見極め、執着心を生じさせずに生死を超越することができる者のみ解脱する。
常に正しい智慧に安住する者は解脱を得る。正しい智慧に安住するとは、煩悩がなくなることを意味する。煩悩が残る限り、愛憎の心を生じ、業を作り、生死の流れにある。真に正しい智慧に安住する者には、どのような魔も近づくことができない。ゆえに「悪魔は覗き見ることができない」と言われる。逆に、正しい智慧に安住していない場合、魔は常に覗き込み、時には共謀さえする。従って、修行者が解脱を得るためには、常に智慧を備え、智慧の剣によってすべての魔や煩悩を打ち破る必要がある。そのためには、修行者は決して放逸な生活を送ることはできない。放逸な生活は罪と共謀することになるからである。
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