詳細解説
この二つの法句は、仏陀がジェータヴァナ僧院で、ラクンタカ・バッディヤ尊者に関して説かれたものである。伝承によれば、次のように語られている。「ある時、世尊はジェータヴァナに滞在しておられた。何人かの比丘たちが世尊を訪ねて来た。礼拝を終えると、彼らは恭しく退いて一方に座った。その時、ラクンタカ・バッディヤ尊者が近くを通りかかった。仏陀はその時の比丘たちの心を知り、尊者を見て比丘たちに言われた。『あそこを見なさい。あれは父を殺し、母を殺し、苦しみを脱した比丘である。』比丘たちは『世尊は何を言われたのだろうか』と声を上げた。彼らは互いに顔を見合わせ、疑いを抱きながら仏陀に尋ねた。『世尊よ、今何とおっしゃったのですか。』そこで仏陀はこの二つの法句を説かれた。それを聞き終えると、比丘たちは阿羅漢果を得た。」この二つの法句の主旨は、解脱を望む修行者は無明と渇愛を滅しなければならない、という仏陀の教えである。無明と渇愛こそが、衆生に業を作らせ、苦しみに満ちた生死輪廻の中で再び生まれ続けさせる原動力だからである。同時に仏陀はさらに、「二つのバラモンの流れを滅せ」と説かれた。これは二種類の邪見、すなわち常見と断見を断ち切ることを意味する。これらは仏陀の時代の非仏教的な二つの学派の主要な教説であった。常見の立場では、不滅の魂が存在すると主張する。これに対し断見の立場では、断滅を主張し、人は死後完全に消滅し、来世に再生する魂はないとする。「王国を滅せ」とは、十二処を断ち切ることを指す。すなわち六根、眼・耳・鼻・舌・身・意と、六境、色・声・香・味・触・法である。また「群臣」とは、世間の五欲の楽しみを指す。「憂いなきバラモンへ向かう」とは、煩悩を尽くした阿羅漢果へ向かうことを意味する。「虎のような将である疑いをも滅せ」とは、五つの蓋を断ち切ることを意味する。五蓋とは、貪欲、瞋恚、惛沈睡眠、掉挙悪作、そして疑である。この五つは、修行者の禅定の実践を妨げる。またそれらは危険な煩悩に属し、非常に強い力を持ち、聖なる果を得るための修行の道において大きな障害となる。とりわけ「疑」という煩悩がそうである。疑とは決断できない心理状態であり、その性質は真理に対してためらい疑うことであり、その働きは真理を信じ、悟ることを妨げることである。上に引用された物語は、読めばとても単純に見えるかもしれない。しかし実際に実践することは容易ではない。仏陀は比丘たちにラクンタカ・バッディヤ尊者を指し示し、彼は父と母を殺し、苦しみを脱したと言われた。仏陀のこの不思議な言葉を聞いて、比丘たちは驚き、怪しみ、疑いを抱いた。なぜその比丘が父と母を殺したのか。誰もが知っているように、それは五逆の重罪であり、アヴィーチ地獄に堕ちる罪である。しかし、二つの偈によって仏陀がより明確に説き明かされたのを聞くと、比丘たちの心は明るく開け、すべての疑いが消え、その場で聖なる阿羅漢果を証得したのである。
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