一つは利得に達する道であり、他の一つは安らぎにいたる道である。ブッダの弟子である修行僧はこのことわりを知って、栄誉を喜ぶな。孤独の境地にはげめ。
一つは世俗の利益を追い求める道であり、もう一つは涅槃(ねはん)へと至る道である。仏弟子である比丘はこの道理を明確に理解し、世間の名声に迷わされることなく、むしろ執着を断ち切ることに専念せよ。

詳細解説

私たちの前には全く異なる二つの道があります。一つは世俗的な利益や地位に向かう道であり、もう一つは涅槃(ニルヴァーナ)へと直結する道です。私たちを輪回の海にとどまらせる原動力は、貪・瞋・癡の三毒をはじめとする「煩悩」に他なりません。これらは非常に強力で、しばしば人間の目を曇らせ、一瞬の憎悪が悲惨な戦争を引き起こして多くの尊い命を奪うように、世界に巨大な苦しみをもたらします。この心の動乱を鎮め、真の平安を得るためには、正念という鋭い剣を持った「智慧の勇者」が、日夜、六根から侵入する煩悩を厳重に監視し、打ち破らねばなりません。内に潜む煩悩の根が完全に断たれたとき、心は真の平和を迎え、涅槃の静寂が現れます。仏弟子である比丘は、この二つの道を峻別し、世間の名利の奴隷になることなく、瞑想と修行に集中して解脱の道を歩むべきです。自らの心に打ち勝つことこそ、最も偉大な勝利なのです。

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